ただいま日本

 世界中でコロナウィルスの感染が広がり、不安で非日常感が不思議な毎日ですが、いかがお過ごしでしょうか?

こちらは前回のブログマラソンで力尽き、更新を怠ってしまいました。あれから目まぐるしく人生が変わってブログを書くという暇もなかったというのか。皆さんご存知の方も多いかと思いますが、2月1日から活動の拠点を日本に移しました。

 19歳で日本を飛び出し、18年間も留守をして、家族に帰国すると伝えると喜ばれるより先にビックリされるほど長いアメリカ生活でした。まさか自分のような現地に溶け込みまくっているタイプの人間が帰国することを考えるなんて思ってもいませんでしたが、ひょんなことからカチンと心のスイッチが完全に切り替わってしまったといえばわかりやすいでしょうか。私は何にも約束された仕事もないまま決断、行動に移してしましました。全て『感』で動いたようなものです。なんと危険な。

でも決断したら、物事がビックリするほどスムーズに進んで大輔にツアーの仕事、さらには住まいまでぽんぽんと舞い込んできました。飛行機のチケットだってうちは4人家族なのにマイレージで一人分のみの値段で帰ってこれちゃって。日本に呼ばれていたんですね、きっと。

 出発点はボストンにあるバークリー音楽大学、それからニューヨークで14年。行ってきます!と18年前に日本を飛び出してアメリカで修行をしてくる覚悟でした。ところが大輔に出会い結婚し、子供たちも生まれてまさか家族とニューヨークで生活しているだなんて当時の私には全く想像もできませんでした。人生何が起こるかわかりませんね。

 そしていろんな、いろんな、いろーんなことを経験して戻ってきました。まるで浦島太郎状態です。今は逆にニューヨークでの日々が2ヶ月前だったのにも関わらず、遠い夢だったような気もします。

 日本に帰ってきてまず衝撃だったのは、書類の嵐。住民票を入れたり、児童手当、健康保険、携帯電話の購入、引越しの荷物(と言っても3箱ですが)ベースの引き取りの手続、何回名前を書いたことか。アメリカだとオンラインが多いので書類に何かを書くということが日常では少ないような気がします。漢字も全然書いていないので字もきたなくなっていて、時差ボケと書かなければいけない書類の山にクラっと目眩がしました。しかも実家暮らしの子供のような時から18年間すっぽり日本社会から抜けていたので、役所の人が言うことも??ってことも多かったです。情けないことに家族に同伴してもらい、通訳してもらって難を逃れました。

そんな中、娘がインフルエンザに!そして大輔も!息子まで!そしたらわたしまで!それでまた母にまでも!恐るべき感染力に恐怖を覚えました。幸い、インフルエンザには薬があるので助かりましたが、コロナが流行る前に感染の恐ろしさを実感し、一週間の外出禁止を経験しました。

日本の新しい住まいは東京の西の山の方なので都心よりも感染者は格段に少ないですが、それでも街の緊迫感は日に日に強くなってきているのを実感します。私も外出は極力せずに買い物を週に1度ほど。子供たちも幼稚園にはいけないので庭で遊ばせています。大輔のツアーも全て延期になり、いつ再開できるのかわからない状態で、私もライブをブッキングなんてできないし、ミュージシャンとして生き残るには大きな方向転換を考えなくては、と考え始めたところです。

 時間ができてきたので、またちょくちょくブログを更新していこうと思いますのでお楽しみに。

 今日のお楽しみ映像は先週バークリーで一緒だった友人でありドラマーのAine FujiokaさんがベルリンからWomen in Music Japanのインタビューをしてくれました。その時のものです。(自宅より。)もしよかったら聞いてください。

https://www.youtube.com/watch?v=Lmtz8I1Nn_s&t=612s